別府市の元映画看板絵師「松尾常巳」さん100歳 元気な姿で手作り誕生会に – 大分経済新聞

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 約半世紀にわたり映画看板を描いてきた松尾常巳さん(別府市浜脇)が11月6日、100歳を迎えた。地域の交流スペース「バサラハウス」(別府市北浜3)に用意された手作り誕生会に元気な姿で登場し、「松尾ファン」から祝福を受けた。

「世代を超えた友達」という松尾さんと宮川さん

 松尾さんは1918(大正7)年、熊本県三加和町(現・和水町)生まれ。大分県朝地町(現・豊後大野市)から福岡県に移り17歳で映画館看板絵師となった。1939(昭和14年)から支那事変、太平洋戦争と2回にわたって戦線へ。終戦後は戦地のインドネシアに残り、劇団を作り慰問団として活動した。1947(昭和22)年に帰国。別府に移り住み、別府ブルーバード劇場や宮崎県の映画館などで多数の看板を制作した。引退後は紙屋温泉(別府市千代町)の番台を務めるなどして地域の顔に。10代から始めたという川柳は今なお詠み続けている。


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 長男の珠一郎さん(68)によると、松尾さんは長生きの家系で、腰が曲がったり、耳が聞こえにくくなったりしているものの、体調は良好という。「昔は戦争の話もよくしてくれたが『捕まえたヘビが一番おいしかった』など、明るく面白い話が多かった。何事も前向きに捉える性格も長生きに関係しているのでは」と話す。

 バサラハウスを切り盛りする「たべもの建築家」として活動する宮川園さん(31)とは、同じ作り手として世代を超えた「友達関係」にある。7年に及ぶ付き合いの中で宮川さんは「寝ぼけ眼で『お母さんの味がするなあ』と鶏飯を頬張る表情や、2人で分けるはずのお土産を気に入って両方持っていってしまう姿など、日常の一こまが印象深い」と振り返り、「これからもそうしたとりとめのないシーンを楽しんでいきたい」と笑顔を見せる。

 この日は「松尾ファン」と「バサラ仲間」が時を空けずに詰め掛けた。松尾さんは「私のために集まってくれてありがとう」とお礼の言葉を述べ、宮川さんらが用意した料理やケーキを食べながら笑顔で写真撮影などに応じた。

 会場には松尾さんの歴史をたどる写真や、松尾さんが大ファンというチャップリンを絵や川柳で表現した展示コーナーも用意。知人の菅健一さん(68)は別府ブルーバード劇場に残されていた資材の中から、松尾さんが描いたとされる米映画「風と共に去りぬ」の立て看板を見つけ出し、入り口付近に飾った。

 思わぬサプライズに看板の前には人だかりができた。菅さんは「館長の(岡村)照さんが『松尾さんの絵』と覚えていたから間違いない」、珠一郎さんも「この字は父の字体」と太鼓判を押した。松尾さんは看板が残っていたことに驚きながらもじっくりと確認。「自分が描いた看板に間違いはないが…覚えていない」とつぶやき、笑いを誘った。

 バサラハウスでは、誕生日を機に松尾さんの展覧会「Life is comedy(ライフ・イズ・コメディー) ~絵と句にはげむ長寿の今を目いっぱい~」を12月6日まで開催する。写真やチャップリンコーナーのほか、約80年の間に詠んだ川柳の中から70句を紹介。川柳は透明のシールに印字して壁やテーブルなどに隠すように貼っている。宮川さんは「川柳を探し、見つけることで松尾さんの生きざまをじわじわ感じることができると思う。写真や絵師の腕も含めて空間ごと楽しんでもらえれば」と話している。

 営業時間は11時~。




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