火造りの技、光る 鍛冶職人の川津由雄さん(75) 切れ味生む温度、目で見極め [大分県] – 西日本新聞

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 ゴーゴーと音を立てて炎を上げる炉で、火箸につかんだくわの刃が焼け、黄金色に光る。刃の温度は千度。日田市大山町の川津鍛冶工場の鍛冶職人、川津由雄さん(75)がくるりと向きを変えて素早く金槌(かなづち)でたたくと、刃は火花を散らしながら次第に薄くなり、形が整えられてくる。半世紀を超えて培われた“火造り”の技が光る。

 この2メートル四方の作業場は「火床」と呼ばれる鍛冶職人の聖域。入ることを許されるのは一人前と認められた者だけだ。「ここに入れば、どんなに迷いがあっても無心になれるよ」。炎に照らされた顔に職人としての強い自負がにじむ。

 川津鍛冶工場は、江戸時代の1831(天保2)年創業。代々大山町で鍛冶を営んできた。川津さんは6代目。旧中津東高で鍛造などを学び卒業後、父の省三さん(故人)に弟子入りした。「教師になる夢もあったが、当時は家業を継ぐのが当たり前の時代だった」

 弟子入り当初は、朝6時から炉の燃料だった炭を使いやすい大きさに割るのが仕事。鍛冶も、教わるのでなく父や3人の兄弟子の仕事を見て技術を盗むのが日課。「跡取り」とて容赦ない。失敗すると「おまえが見ちょらんからや」と兄弟子からげきが飛んだ。「火床」に入れるようになったのは実質的に6代目を継いだ35歳のときだった。

 10年修業を積んでようやく一人前といわれる鍛冶の仕事。原料の鉄などを大まかに製品の形にする「型取り」、千度に熱してたたき、薄く伸ばしたり形を整えたりする鍛造、機械で削ってさらに形を整える「粗取り」のほか、砥石(といし)や布のやすりで磨く細かな工程もあり、随所に熟練の技と勘が必要になるからだ。

 特に仕上げの鍛造「焼き入れ」「焼き戻し」は、「刃物に命を吹き込む最も大事な作業」。粗取り後、再び800度になるまで刃先を焼き、水に漬けて急冷する「焼き入れ」を行い、今度は400度程度に熱する「焼き戻し」を行うことで、刃に粘りが出て折れにくくなるという。

 炉に温度計はない。赤やオレンジ色、黄金色などに変わる刃先の微妙な焼け色で温度を判断する。低いと硬さが出ず、高すぎると割れてしまう。「焼き入れも焼き戻しもすべて勘。切れ味、丈夫さ。技術の差はここで出るんだよ」

 1960年代、農具の製造とともに、林材業の現場で使われる「鳶口(とびぐち)」と呼ばれる道具が飛ぶように売れた。全国で林業が盛んだった上、「川津の鳶口は丈夫で長持ち」と定評があったからだ。だが現在は国内の林業は低迷し、ホームセンターには外国製の安い農具があふれている。当時、大山町内に10軒はあった鍛冶屋は今、市内で1軒、県内でも数軒になったという。

 2011年、長男の省治さん(48)に社長を譲った。県外の大学に進んだ息子に一度も跡を継ぐよう勧めたことはないが、省治さんもまた「当たり前のように」卒業後から修業を始め、7代目の道を選んだ。

 10月、工場事務所のカレンダーには土日を中心に「甘木」「八女」などと福岡県内での展示販売の予定が書き込まれていた。「包丁を研いでほしいと1日180人も並ぶ日がある。まだまだ必要とされているからね」。工場経営は年々厳しくなるが、客の笑顔が、歴史を積み重ねる原動力になっている。

 「職人として技術を磨き、もっとお客さんに喜んでもらいたい。代々続く鍛冶屋は誇りを持てる仕事だから」。そう語る7代目の横で、川津さんは大きくうなずいた。

 メモ 川津鍛冶工場は、工場に隣接する刃物店で鎌や包丁、くわなど200種類以上を販売。包丁研ぎなども行う。営業時間は午前7時~午後6時。定休日は日、祝日と第1、第3土曜。日田市大山町西大山3459の6。0973(52)2007。

=2018/11/01付 西日本新聞朝刊=




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